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映画 「闇の子供たち」現場レポート

まず、本作品は子供の人身売買、性的虐待、果ては、臓器売買という、かなりデリケートな問題を扱っている為、監督以下スタッフも出演者、特に子役の扱いには非常に気を使って撮影に臨みました。

録音には、タイでの撮影が大部分を占めるため、現地の暑さや空気の澱み感を音として表現できないかに知恵を絞りました。子供たちの故郷の田舎の風景ののどかさと連れてこられ、監禁されている都会の閉塞感、又、子供たちを救おうとする施設の平和な雰囲気の大きく3つのパートの音構成にとりくみました。

  • 田舎ではニワトリや山で鳴く鳥、虫、風、の音を撮影の合間に収録し、村の子供達の遊ぶ雰囲気と共に効果部に使ってもらいました。
  • また、監禁場所やペドファイル(paedophile 児童性愛者)の来るホテルなどは実際の撮影現場が室内でも表の騒音が押し寄せて来るような場所で台詞の収録にも苦労をしたが、漏れて聞こえる交通ノイズなどが臨場感と閉塞感を醸し出してくれた様に思います。
  • 子供の保護施設はバンコク市内であったが、比較的静かな場所で、ここでは、撮影待ちで子供達の遊ぶ声等収録しておき、後で、通訳に不都合な言葉等は無いか確認してもらい、ガヤとして使用した。また小鳥、蝉などの音を使い、平和な雰囲気を作る様に心がけました。

実際にバンコクでのロケは暑く、空気もネットリと澱み、肉体的にも精神的にもかなり辛かったのだが、ほぼ全てシンクロで音構成が出来たのも、その体験が図らずも作品の音構成には良かったのかも知れない、と今にしてみれば感慨もなおさらです。

事前準備段階

ロケ出発まえに、先行のスタッフから機材等の事情を出来るだけ収集した。タイロケでは録音スタッフは私とチーフ、セカンドの3人体制で、現地でマイクマンとして仕事が出来る人を一名付けると云う事になっていた。機材に関しても始めは、制作部から出来るだけ現地の機材を使えないかとの打診が有り、マイクマンを派遣してくれる「サウンドハウス」と云う、録音スタジオ、機材レンタル、人材派遣をやっている会社に、機材、特に、ワイヤレスの事情を問い合わせましたが、ドキュメンタリーが多く、映画の撮影での経験はあまり無いようで、ワイヤレスを使う事がほとんど無い様子で、したがって、ワイヤレスの機材は当方が望む機種は有りませんでした。

他のミキサーや、ガンマイクもあまり状態が分からないので、機材はいっさい日本から持ち込むことにしました。ここでの情報では、タイ国では、800MHz帯域のワイヤレスは使えそうな事や、以前ロケに行った録音仲間からも情報を集めて、ゼンハイザー800MHz帯のQuad Pack(4波)とラムサを2波、ガンマイクのワイヤレス飛ばし用にSKP3000とSK5012を持って行く事にしました。その後もタイの電波事情を事前に調べてもらったのだが、警察無線が800MHz帯であったり、色々心配な点も有ったのだが、使い慣れた機材を使用する事にしました。

結局、外来電波などの電波障害はほぼ無かった(警察の留置所のシーンは実際の警察署で撮影しているが、無線の干渉などは受けなかった)。ただ、バンコクでは市民の足になっている「トゥクトゥク」と云う三輪の(昔日本でミゼットと云う名前で走っていたオート三輪)車がタクシーとしてそれこそ轟音をまき散らして走り回っているのだが、これが近づくとワイヤレスは電波障害を起こして何度かNGを出しました。

他の主な録音機材は、ミキサー、クーパーCS106、レコーダーは、HHB8chHDレコーダー、SOUND DEVICES744T,ROLAND R-4Pro。ガンマイクは、NEUMANN KM150を3本、SENNHEISER MKH-60を2本、NEUMANN RSM-191ステレオマイク。他にバッテリーのチャージとDC電源の分配が一台で出来るPSC Power Maxを2台用意した(タイは電力事情が余り良くなくバンコクと云えども安定した電源の供給は余り望めないとの事による。案の定、初日にホテルでの荷解き機材チェックの際に一台が壊れてしまった)。

現地事前準備と下見取材

タイに入った段階で、主なシーンを撮影する場所はほぼ事前にまわったが、想像通り、現場のノイズレベルはかなりのものでした。助手と機材より一週間ほど先行してタイに入った私はNEUMANN RMS-191とROLAND R-4Proを使い主なロケ場所を廻った。それこそ一日中機材を担いで朝から夜まで、3日間ほど音ロケを行いました。

今回の映画は、作品の性質上、タイ側の協力が得られないだろうと云う状況の中での厳しい撮影になる事や、約4週間でバンコクと国境付近や、チェンライ・ロケを行わなければならず、時間的にも、音ロケに割ける時間は無いであろうと云う事情の為だった。実際、この時の音ロケの音源は後の仕上げで大いに役に立った。メインのロケ現場が有る所はバンコクの下町?観光客など見かけない庶民的な街で、ヘッドフォンを通して入ってくる音は東京の騒音に慣れた耳も悲鳴を上げるすごい音だった。それが、夜になっても少しも収まらないのには、いささか閉口しました。ただ、この時の音ロケを通して「闇の子供たち」の音構成を具体的に考える事が出来たのも収穫でした。

本番収録

今回特に記したいのは3年ほど前から使用しているゼンハイザーのQuad Packと云うワイヤレスマイクシステムと、SKP-3000と云うガンマイクの飛ばしである。この機材が今回の撮影でも大変役に立ちました。

それは、台詞の収録においては、現場の全体の雰囲気も含めての臨場感を大事に同時録音をしたいという私にとっては無くてはならない機材でした。撮影では、車の中のシーンも多く有りますが、予算等の事情で牽引車両を使わず、実際のタクシーやワンボックスカーの中で走行しながら撮影しているのですが、特に、タクシー内の撮影は、車内にカメラ、カメラマン、助手が乗り込み、監督も常にカメラサイドに居るため、録音部の為の場所は無く、マイクマンすら居られない状態でした。

撮影の準備の段階で、最も効果的にセリフの録れる位置に、メインマイクであるノイマン150をコレットケーブルで、短くして仕込み、それを、SKP-3000を使い飛ばして収録しました。他に、俳優にワイヤレスピンマイクを付け、そして、常に電波の受信状況を確認しながら、私と録音カートを乗せた機材車をカメラの見切れるギリギリまで近づいて走行してもらい、窓から、AIZAD-UHFというダイバーシティの指向性アンテナを助手が車の助手席から半身乗り出してアンテナを高く掲げて、突き出し、荷台に乗ったカートの受信機に繋いで収録しました。

時々我が機材車の運転手さんが、我々の意図に反してと云うか、安全のために(なにせ名にしおうバンコクの一般道路、しかもすごい数の車が隙間が少しでも有れば割り込んでくる状況です。)車を遠ざけるたびに、電波状況が悪くなる、時々電波が途切れる、そう、あの「トゥクトゥク」が脇を通り抜けてく。そんな状況になるたびに私は車の中で日本語で「もっと近くに寄せろ!」等と怒鳴っていたかもしれません。なにせ、タクシーの撮影では音のみで状況が何も解らないのだから、かなりハイな状態になっていたはすで、運転手さんは、何故日本人のオヤジがヘッドフォンしながら、喚いていたのか解らなかったと思う。まあ、どっちにしてもあちらもいたってマイペースなオヤジで、解っていても何も変わらなかったとは思うが、事前のテストは全て収録しているとは云え、納得のいく音ではありませんでした。

スタッフの声や、交通ノイズ、果てはなんだか解らない音もセリフにかぶってたりしている。コチラは一発勝負の同録、必死だった。何回かのトライで撮影は上手くいった。同録も納得の行く音が録れた。毎日、日本では考えられない色々な事の連続であった。他の場所でもこのSKP-3000は非常に役に立ちました。

例えば、ケーブルもまともに引けないような汚物だらけのぬるぬるの路地など(猫ぐらいの大きなネズミが走っていた)、また、狭いロケセットの中で、カメラが入口向けの時などは、有線のケーブルは引けない、かと言って、裏を廻すことも出来ないそのような所などは大変重宝しました。

ロケ全体を通じて、Quad PackとSKP-3000が無ければ、シンクロは出来なかったと言っても過言では無いと思う。ただ、一カ所全くNGだったのがタイの俳優2人が「トゥクトゥク」に乗ってセリフをしゃべるシーンで、これは、テスト無しのぶっつけ本番だったので、10メートル位まで車が近づいても全くワイヤレスの音は届きませんでした。あの、エンジンのサイクルの周波数が800メガ帯に悪影響を及ぼしているのは間違いないと思います。どなたか、事実関係を教えくだされば幸いです。

他に、騒音の多い所でのシンクロだったので、8チャンマルチ録音はガンマイクを複数使用した場合は、後のポスプロ作業で非常に役立った。これにより、ガンマイクの臨場感の有る音を多くのシーンでより正確に使用出来たと思う。


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