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第28回

マイクの心とレンズの気持ち〜SANKEN CO-100Kとの出会い

沢口 真生


 2005年6月にNHKを退職しましたが、35年間ドラマのミキサーをやっているときに出会った思い出のマイクは数々あります。そのほとんどはこのシリーズで諸先輩方が思い出を語っていますので、今回は私が今一番のお気に入りSANKEN CO-100Kマイクとの出会いについて書くことにしました。このマイクはNHKとSANKENの共同開発で現在のハイビット ハイサンプリングやDSD録音といった20kHzを超えた広帯域記録メディア 再生メディアにふさわしいマイクロフォンとして開発されたものです。

 余談ですが、マイクアレンジと35mm銀塩カメラのレンズ選択という行為は、とてもコンセプトが同じだとレコーディングをするときに良く感じています。録音したい対象をどういったサイズでどんな質感で捉えるかを考えてマイキングとマイク選択を行うわけですが、それがレンズの選択という行為と非常に似ていると感じているからです。私のレンズのお気に入りに旧東ドイツのCZJ(カールツアイス イエナ)のレンズがあります。このレンズは階調の豊かさと映像の太さそして数センチまでよれるマクロ的な使い方ができるレンズです。残念ながら現在M-42マウントというねじ込みマウントしか残っていません。どんな角度で何ミリのレンズをどう使うか?どういった絵を最終的に描きながら選択していくのか?といった考え方が実に「マイクアレンジとマイクの選択」に近似していると感じてきたのはそうしたレンズと出会ってからです。

 SANKEN CO-100Kとの出会いは2005年になります。ちょうどプロトタイプができたというのでSANKEN小林さんからテストで借りたのがきっかけです。2年ほど前、三鷹北口駅前にうちのかみさんが突然JAZZ/シャンソンのLIVE HOUSE[UNA MAS]を一人でOPENしたので、そこの音響設備を私が担当しました。ピアノも鳴りのいいピアノがみつかり、ピアノトリオがちょうど純粋生演奏で聴ける大きさで、ミュージシャンからも音がいいと大変好評の店です。ここで連日演奏される音楽は、大変すばらしいのですが、ミュージシャンの生活は楽ではありません。こうした一夜かぎりの名演奏を記録しておこうと思い2005年に2式目のDAW PYRAMIXと録音機材一式を導入し中本マリや原大力トリオ ユキアリマサや大口純一郎 大石学といったベテランから今修行中の若手の演奏を記録し始めました。店のアンビエンス用にはHamasaki-squar方式の4チャンネルサラウンドマイキングを壁の4隅に設置しています。ここでピアノ録音用にいろいろなマイクを試してみましたが、なかなか私の感覚にぴったり合うものがありません。そこにCO-100Kを試してみようと思ったわけです。全指向性ということもありマイキング位置を試しながらレコーディングを数回かさね、我が家のMIX ROOMで再生してみました。大変素直でピアノの複雑な音が実に正確に捉えられているサウンドに感心しました。さっそくこれをピアノ専用に使おうと思いプロトの段階でしたが2本をオーダーして、現在愛用しています。その後品質も安定して量産態勢に入ったCO-100Kマイクですが、小林さんから量産タイプのほうが安定しているので替えますか?といわれていますがこのプロトが気に入っているので量産タイプに変更せずそのまま使用しています。でしゃばらず控えめでも着実に出ている音を正確に捉えるという大和スピリットが大変気に入っています。他でもこのマイクを使ったレポートがないかと小林さんと海外情報をサーチしていますが、昨年我々のサラウンド仲間でもあるG・マッセンバーグから小林さんあてに彼の制作したDVD-Aが送られてきました。J.ランディのVo/Gtとオクテットのストリングスを円周上にスタジオで配置しサラウンド録音した音源です。我が家で毎月開催している勉強会「サラウンド寺子屋」(http://hw001.gate01.com/mick-sawa)の時にみんなにもきいてもらいましたが、その豊かな空気感と演奏に一同感激。このセッションでは、CO-100Kがストリングスのサラウンド用に4本使われています。
 収録はロスのキャピトルスタジオBとクレジットされていましたが、レコーディング当日はアル シュミットなども見学にきてそのサウンドが気に入っていたとのことです。
この曲「ウイスキー ララバイ」はCDででていますがG.マッセンバーグがサラウンドでDVD-Aにマスタリングしてくれたオリジナルのほうがはるかに音楽的でした。残念ながらサラウンド版がリリースされる予定は今のところないそうです。
ほかにハリウッドのスコアリング ミキサー S.マフィーがオーケストラ録音のメインマイクで使ったというレポートがMIXに出ていました。彼のコメントは「素直で豊かなストリングスが表現できる」といった内容でした。サラウンドではありませんが、オーストラリアでクラシックのミキサーをしている人のコメントもオーケストラのような空気感を大変素直に捉えることが気に入っているといった内容でした。これらも勘案して言えることは20kHz以上の空気の気配といったものが大変素直に捉えられる特性が有効に作用しているのではないかという点です。

 現在音楽市場ではビンテージ マイクと呼ばれる名機が高値で再評価されています。そうしたマイクが本来持っている手抜きや量産化されていないホンモノのもつサウンドも大変魅力がありますが、CO-100Kのように現代の最新設計技法と設計者の匠の技を組み合わせハイビット・ハイサンプリングやDSD録音といった広帯域デジタル録音に対応したマイクロフォンも大いに魅力があると考えています。

 PA無しの純アコースティックJAZZをお聞きになりたい方は是非三鷹駅前
UNA MAS(www.unamas.jp) にアクセスしてスケジュールをチェックしてみてください。

パイオニア 研究開発本部 オーディオ推進
Fellow M-AES/IBS 沢口 真生

〈沢口真生 履歴〉
1949年10月25日
1971年

1975年

2003年
2005年6月


大分県別府市生まれ
千葉工業大学電子工学科卒
NHK入局
制作技術センター
ドラマミキサー
制作技術センター長
パイオニア研究開発本部技術戦略部 顧問
(オーディオ推進担当)
専門分野: ドラマのサウンドデザイン
1985年以降: デジタル時代のサラウンド音声用スタジオ設計とソフト開発
InterBEE国際シンポジューム音響部門の企画運営、
AES技術委員会スタジオセクション共同議長、他。
2002年: AESよりサラウンド音響への貢献に対してフェローシップ受賞
2003年: ヨーロッパIBSよりフェロー受賞
2004年: ABUより2004年度最優秀論文賞受賞、他。
 
近  著: 「サラウンド制作ハンドブック」兼六館出版
(日本、中国、韓国版)
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