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第14回
  
島根 義近   .
はじめに
 拡声であれ録音であれ、音声技術者の業務は、受身の仕事です。なんであれ音源から発せられる音を技術処理するのですから、音源についての知識と、扱う設備機器類についての性能動作知識に熟知している必要があります。
 音声やほかの、私のながい実務経験から、トピックス的な話題をつづらせてもらいます。

☆ [環境にないものは育たない]
 この言葉は、スズキメソード才能教育研究会の創始者である故鈴木鎮一先生の言葉で、この言葉を、私は音声業務に携わっている人たちに伝えたいと思い掲げたわけです。
 音楽面で言えば、演歌やロック、ポップスなどのポピュラー系の音楽に包まれて育ったものには、クラシック音楽はなじみの薄いものであり、演奏や録音の良否の見分けをすることは、まず困難だと思っています。
 演劇やオペラ、ミュージカルものについても同じで、映画を見たり芝居を観たり、テレビで鑑賞したりする環境外で生活してきた者には、20歳を過ぎてからその世界を吸収しようとしてもかなり苦しいように思われます。
 「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、これから音声技術の世界で生きようとするならば、音楽や演劇等のリハーサルを、場内やスタジオ内で生音で見聞きしようとする気持ちをぜひ持つ必要があるように思えます。

☆ 音に対する識別能力試験 (1)
 遠い昔のはなしになりますが、5万円程度の安物の楽器と何千万円もする高級な楽器の
差は、簡単に見分けがつくものだろうかという純技術的な観点から、試聴比較試験が行われました。
 ヴァイオリニストに、短い曲を弾いてもらい、二つの楽器を聞き当てさせる試験です。
 評価者には、当時若年者であった私を含めた音楽ミクサー計6名。
 始めに、使用する二つの楽器を見せて演奏。次に黒色の紗幕で演奏者を隠して演奏してもらい、使用楽器を当てる生音比較テスト方法をとりました。
 評価記入用紙は、無記名とし、評価者のプライドを傷つけないように配慮しています。ただ、私は自分の能力を知りたいために、評価記入用紙に、一目見ては判らないように小さくマークをつけておきました。
 演奏してもらう曲は、私が選んだヴュータン作曲のヴァイオリン協奏曲第4番の冒頭部分としました。(楽譜参照)
 なお、評価者の立場からみて、緊張して聴くには限度があるため、曲の長さは約20秒として二つのパートに分けました。
 評価の結果は悲しいものでした。特に同じ楽器の演奏であるにもかかわらず、別の楽器の演奏と判断した者が多かったことです。私はほぼ及第点を得ました。
 わが家にはプロのヴァイオリニストがいて、日頃からヴァイオリンの音に馴染んでいたことも幸いしたのだと思っています。
 音の判別・記憶能力を身につけることは容易ではありません。音声技術者には、思いこみをのぞいて、冷静に判断評価できる能力が求められるのではないでしょうか。
☆ 音質に対する識別能力試験 (2)
 イコライザーアンプによる音質形成の把握能力試験が、やはり遠い昔に行われました。この試験の目的は、どのくらい音質を変化させたら、変化したことを察知できるかを探ったものです。
 レコーディングされた音楽を評価材料にして、一対比較法による、前の音に対して次の音が同じか違うかを評価させる聴感試験です。
 音楽には、クラシックとポピュラーの二種が選ばれ、聞かせる長さは約15秒です。
 私を含めベテランのミクサー5名が評価に参加しました。
 評価の結果は、楽器比較の時よりも正解率は高かったのですが、人間の分析記憶能力の難しさを考えさせられました。
☆ プロ用ワイヤレスマイクの使い始め
 当初は、VHF帯のハンド型で尾部から約50センチのアンテナが垂れていました。ホー
ルで動き廻って歌うのに便利ということで、NHKでも導入して使っていました。
 ダイバシティ受信方式が完備されていなかったため、デッドポイントに入ると瞬断を生じ苦労させられたものです。
 不具合のもう一つは、声の大きい歌手が使うとフォルティッシモ(ff)音で変調歪を起こしてしまうことです。
 メーカーに対して、設計時の音響入力レベルを聞いたところ約100dBとのこと。騒音測定器のマイクで声の大きい歌手に歌ってもらってC特性音響入力レベルを測定。その結果110dBを越えていることを確認。メーカーが頭を抱えたことも懐かしく思われます。懐かしのメロディなどの番組で、高齢の歌手がffでワイヤレスマイクを口許から遠ざける姿に接すると、ミクサーであった私たちが、ffでは歪むのでマイクを離してください、と口を酸っぱくしてお願いした当時のことが走馬灯のようによぎります。
 ワイヤレスマイクの音質についても、メーカーに強いお願いをしていました。
 当時のメーカーの設計者は、周波数特性はフラット特性が最善と考えていました。ハウリング関係もあり、口許近くで歌ってもらうように歌手に使わせている現場としては、近接効果による低音部の上昇があるのですから、フラット特性が必ずしもベターではありません。ユーザーの要望を加味するように再三お願いし、改善してもらいました。
 その後に作られた仕込み型ワイヤレスマイクについても、音質の改善についてメーカーに申し出て、試作品の現場実用試験を繰り返し行い、現場のニーズに合ったものにしてもらいました。
 仕込み型では、特に人間の声の指向性や仕込む個所の平均的な位置なども検討し、調整卓での音質補正を特別にしなくとも使えるように仕上げてもらいました。
☆ 音楽器楽用マイクロフォン
 同じく遠いむかし、NHK技術研究所で、わが国初のコンデンサー型MS方式ステレオ
マイクの設計試作品の製作が始まったころの話です。
 私は、現場ユーザーとして試作品の性能について意見を言う立場で開発に参加しました。周波数特性についての設計指針は、重低音から2万ヘルツまでフラットな特性をもたせることでした。
 試作品は、ほぼ設計どおりの技術性能を有していました。そのステレオマイクでオーケストラ音の収音をしたところ、透明感はあるが、重厚感に欠けるという評価が多数の意見でした。
 当時は、ノイマン製のコンデンサーマイクが重宝がられた時代で、王座につくことが出来ませんでした。
 無響室で、OSCをスイープさせて得られた周波数特性以外のなにものかが、音質に影響を与えているのではないかと考えさせられました。振動膜の材質、薄さ大きさ等の形状や、取り付け方法などが音質に関係しているように思えます。
 現在、秋葉原で売っている安い値段のコンデンサーマイクは、それなりの音質しか有していないことを考え合わせますと、マイクの使い分けに神経を尖らせている音声現場には、マイクの特色を把握しておくことが基本的に大事なことであることが判ります。
☆ イコライザーは、音質補正の補助手段
 むかし、ラジオ時代にはイコライザーアンプはありませんでした。音質の形成は、使用
マイクとそのセッテイング方法にすべてをかけていました。
 今でもこれは音づくりの基本で、グラフィックイコライザーアンプで補正するから、多少の音色の悪さは補正できると考えてミクシングしている人もおりますが、私は間違っていると思います。アンプを多く通すほど位相特性が乱れて音が汚れるのであって、基本を大事にした姿勢でミクシングされることが望まれます。

  むかしのNHKラジオスタジオの調整室
  写真の人物は筆者 1956年(25歳)  
  昭和31年11月 内幸町のNHKラジオ第5スタジオにて
  ミクシング担当                 ⇒
☆ 三味線の収録
 音質とは、使用する機器が有する物理的なもの。音色とは、人間の聴感による総合的なものと用語を区別して記述しています。
 マイクを使った収音で難しい音源はかなりありますが、新型マイクが多く出廻っている現在でも、その収音に苦労している三味線音のミクシングについてふれたいと思います。
 三味線という楽器には、一の糸に施されている共鳴システムがあり、これを「さわり」と呼んでおり、この共鳴音が弦の振動音に加わって味のある音色を作り出しています。
 まず、使用するマイク選びに苦労します。単純に、オーケストラ用のメインマイクなら大丈夫と考えますと、多くの場合、演奏者からクレームを受けることになります。
 理由は、バチ音が強調されて「さわり」のニュアンスが出ていないということです。前述したようにミクサーが、三味線の生の音色を把握しているか、していないかの差がここに現れるわけです。
 勿論、使用マイクの他にセッティング方法も音色に影響を与えます。
 このほか演奏会場の建築音響特性や演奏者の楽器・演奏技量なども絡んで収音される音色がきまります。
 求める音色のイメージをミクサーが持っていないことには、適切な対応が不可能だと私は思っています。
☆ あとがき
 だんだんお説教じみてきて、これ以上筆を進める気がなくなりました。申し訳ございません。
 私は現在、都の所有である東京芸術劇場の小屋付舞台関係技術者30名の総括部長として現役勤めており、利用者の要望を理解できる技術集団として信頼を得ています。音声さんは、全般に孤独で独りよがりだと言われていますが、舞台装置係や照明マンと協力し合う大切さを大事にしています。
 最後になりましたが、本文をお読みになった方々の更なるご発展を期待しております。
島根 義近
1931年
1950年
1950年


1986年


1990年

2004年

生まれ
都立鮫洲工業高等学校卒
日本放送協会入局
ラジオ音声・ホール音響
報道照明・テレビドラマ音声
NHKアート入社
ホール音響・イベント音響
劇団四季音響プランナー
明治座舞台株式会社 入社
東京芸術劇場 取締役部長
同上
資 格 第一級無線技術士
電気主任技術者第3種
自衛消防技術証

平成13年8月 舞台火災予防のための消防コンクールに隊長として出場 70歳
要町小学校グランドにて 
池袋消防署主催 自衛消防隊消防コンクール
 
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